3・1独立運動100周年キャンペーン講演会

昨夜首都圏は突然の雷雨に見舞われるあいにくの天候だったが、文京区民センターまで足を延ばし、3・1独立運動100周年記念キャンペーンの第2回講演会「朝鮮半島の『大転換』と日本の進路」と題する講演会に参加した。

演者は、権赫泰聖公館大学教授と中野敏男東京外語大学名誉教授で、前者が「4.27板門店宣言、6.12米朝共同声明後の朝鮮半島・東アジア情勢と日本の問われる課題」、後者は「継続する植民地支配に抗し『第三世界』というプロジェクトを今想起する」というテーマでだった。

権赫泰の話については、事前に彼の著書『平和なき『平和主義』」を読んで「予習」してきたこともあってよく理解できたが、朝鮮半島情勢に関して朝鮮戦争終戦宣言に「時期尚早」なる立場を臆面もなく表明する日本政府の立場とそれを下支えしている世論が、戦後民主主義のありかたに起因しているという指摘について、予想外の指摘だと思った聴衆も多かったかもしれない。進行役のコメントがそれを物語っていた。

中野敏男の「第三世界」論も面白かった。朝鮮特需後の賠償特需の存在を可能にした米国との共犯関係によるアジア諸国への「賠償」に名を借りた反共独裁政権支援が、形を変えて日本の植民地帝国主義を延命させたという指摘も、権赫泰の戦後民主主義批判と相まって、ダイナミックな歴史認識を指示しているように思われた。中野敏男が、新自由主義による荒廃を超えるための「第三世界」論をどう構築するのか、注目したい。

会場は、例によって、比較的年齢の高い層の聴衆が圧倒的に多かったが、韓国へのユース・スタディツアーの企画について語った「沖縄と東アジアの平和を作る会」の若者のスピーチが良かった。スピーチの途中で席を立ったり、私語したりする「年寄」もいただけに、24歳の彼のすがすがしさが際立った。

戦後民主主義によって普遍化された「平和主義」が、日本自身が関わっていた「戦争」を隠蔽する役割を果たしてしまったこと、およびそれが継続する植民地主義をゆるしてしまったことへの反省が、今強く求められているのだとの感を強くした講演だった。朝鮮半島と東アジアの平和への胎動の時代を向かるにあたって、日本だけが「蚊帳の外」に置かれ、あまつさえ国内での差別を放置しアジアからの孤立と反動の度合いを強めつつあるが、時代はやがて「福祉社会主義」とでも呼ぶべき方向に向かって、マネー資本主義と新自由主義を乗り越えていくのではなかろうか。朝鮮半島の緩やかな統一に向かう南北の動きがそのモデルとして歴史的役割を果たしていくようにも思う。「保守」から「リベラル」まで冷戦時代の思考様式から抜け出せていない状況を批判的にとらえる視座が必要だ。冷戦地図をひっくり返して眺めてみる姿勢を持ちたいと思う。