歌一首

戦争になぜ反対をしなかったそう賢しげに我ら言ったはず

今朝の朝日歌壇で出会った歌、大和市の春原正彦さんのこの歌が強く心に残っています。思春期の、ただひたすらに真っ直ぐでしかありえなかった心のままに、この私もこのような言葉を発していたのではなかったでしょうか。「賢しげに」という言葉が苦い追憶と同時に過去の自分への責任の取り方を激しく促してきます。昨日の自分を裏切らないように、今日の自分を生きなければなりません。

5月30日(土)Kanagawa Action 2015に参加。大通公園から赤レンガーパークまで、辺野古新基地建設と戦争法案反対のデモンストーレーションのため、辺野古新基地NOのプラカードを掲げてパレード。大通り公園には180名が集まり、先週の国会包囲ヒューマンチェーンにも来てくれていたICUの元山仁志郎さんのスピーチがあった。沖縄出身の彼の言葉には心打たれるものがある。

5時から横浜YMCA会員総会。終了後、湘南マラソンエントリーのため急いで帰宅。途中地震。エントリー開始時間に間に合わず、あきらめかけていたエントリーに成功。トレーニングに励まなければ・・・。

5月28日(木)関内ホールで行われた横浜教科書採択連絡会主催の講演会「教科書で始まっている戦争ができる国づくり」で九条の会小森陽一氏の話を聞く。特定秘密保護法から集団的自衛権閣議決定戦争法案の流れのなかで、「つくる会」系の教科書採択が、教育委員会制度の改変とともに進められようとしている現状が見えてくる。育鵬社版の採択4%のほとんどが横浜・藤沢での採択によるものだと言うことに衝撃を受ける。この8月に新たな教科書採択がなされるが、愛国心を権力に都合のよい身振りと発想におしこめてしまう教科書の採択を阻止しなければ、と強く感じた。

村山談話

服部龍二『外交ドキュメント 歴史認識』(岩波新書1527)読了。
歴史教科書問題、靖国公式参拝問題、従軍慰安婦問題などのイシューを巡る日中韓の外交の過程を丹念に辿った著作です。村山談話に触れた一節を引用します。

村山談話は対外政策の一環であり、いわば終戦五十周年の外交とも言えよう。内容、長期的な見通し、首相官邸と官僚機構の連携、各国の反応などを勘案するなら、和解政策として完成度の高い談話だった。村山談話は一時しのぎではなく、踏襲されることを見据えることで、長期的な視野に立っていた。

村山談話は、いくつもの内閣を経て、二〇年も継承されてきた。日本政治の共通言語になってきたと言える。村山談話は、対外関係における言葉の重みを政策に生かしたまれな事例であった。

村山談話が、村山富一の個人的な思想信条を吐露したものでなく、実に多くの知性が関わった「知恵」の産物であるのなら、それに、日本国憲法を「みっともない」と言って憚らない独善的なメンタリティーの持ち主がことさらに蛇足めいた言葉をつけたそうとするのは、やはり愚行だと思わざるを得ません。

花粉症

いよいよその季節。対策のため、年に一度しか行かない近所の耳鼻科へ行ってきました。朝イチでネット予約しましたが、すでに21番目。待合室には高校生らしき男の子も数名。鼻をすすりながら単語帳を開いている子は受験生でしょうか。花粉症に負けず頑張れよと、心のなかで勝手に声援を送っておきました。
今年の花粉は例年の二倍の飛散量だと医者から言われ、ますます憂鬱な気分に。
鼻水と眼のかゆみに春を感じる無粋さよ。呵々。

花粉症

いよいよその季節。対策のため、年に一度しか行かない近所の耳鼻科へ行ってきました。朝イチでネット予約しましたが、すでに21番目。待合室には高校生らしき男の子も数名。鼻をすすりながら単語帳を開いている子は受験生でしょうか。花粉症に負けず頑張れよと、心のなかで勝手に声援を送っておきました。
今年の花粉は例年の二倍の飛散量だと医者から言われ、ますます憂鬱な気分に。
鼻水と眼のかゆみに春を感じる無粋さよ。呵々。